2011年06月09日

原発の源流と日米関係3

 原潜から始まった  軍事優先の開発

東日本大震災当日の3月11日に炉心溶融(メルトダウン)し、翌12日に水素爆発をおこした福島第1原発1号機は、米ゼネラル・エレクトリック(GE)社が建造したものでした。

 2社が独占

日本で商業用原子炉の運転が本格化した1970年代前半に建設された原子炉はいずれも、米国のGEとウェスティング・ハウス(WH)が受注していましす。(表↓)


              主契約企業   運転開始
郭  賀  1号機   GE         70/ 3/14
美  浜  1号機   WH/三菱    70/11/28
福島第一 1号機   GE         71/ 3/26
福島第一 2号機   GE/東芝     74/ 7/18


米国の原子力開発はもともと、原爆開発や原子力艦船の建造といった軍事目的で進められてきました。
商業用原発の実用化が進んだ50年代、米国は54年に世界初の原潜ノーチラスを進水させ、核兵器は53年の1000発から、60年には2万2000発に増えました。
GEとWHは、軍事開発から商業利用にいたるまで原子力開発ほぼ独占的に受注してきました。
両社は米原子力委員会の下で艦船用の原子炉を開発し、アイゼンハワー大統領はWHの加圧水型(PWR)原子炉を採用。米海軍は現在にいたるまでこの型を使用しています。
米国は当初、原子力発電には消極的でしたが、英国とソ連が原発の運転に成功すると路線を転換。急きょ、WH社の原潜用原子炉を陸揚げし、57年にシッピングポート原発の運転を開始しました。同原発の運転は米価う軍が主導しました。
一方、GE社はWH社に対抗するため、沸騰水型(BWR)原子炉の開発を続け、59年10月にドレスデン原発で臨界を達成しました。それから数年後に、日本との契約にこぎつけたのです。

 構造的欠陥

軍事的なニーズを発端として、ほとんど駆け足で開発された原子炉には、構造的欠陥がありました。
米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版=3月15日付)によれば、福島第1原発など日本に9基ある「マーク1」型について、米原子力委員会は72年、原子炉の格納容器が小さいことを問題視。水素がたまって爆発した場合、格納容器が損傷しやすいとして、「使用を停止すべきだ」と指摘していたのです。
この警告どおり、福島第1で1号機の格納容器が損傷しました。
さらに、福島第1原発で1〜4、6号機の開発に関わった東芝元技術者の小倉志郎氏は3月16日、外国特派員協会でこう指摘しました。「GE社の原子炉はそもそも津波を想定していない設定だった。2号機以降は日本で設計したが、1号機の設定が踏襲された」
津波で非常用電源が喪失し、原子炉の冷却機能が失われる危険性は、日本共産党福島県委員会などが繰り返し、警告していたとこでした。
日本共産党の吉井英勝議員は5月27日の衆院経済産業委員会で、福島第1原発事故に伴うGE社の製造責任を追及。外務省の武藤義哉審議官は「現在の日米原子力協定では旧協定の免責規定は貴族されていない」と答弁し、協定上は責任を問うことができるとのkん買いを示しました。
 
 つづく
タグ:政治 新聞
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2011年06月08日

原発の源流と日米関係2

 つきまとう諜報の影

2億3500万円。日本で初めて計上された原子炉築造予算の金額です。

 ウラン235

1954年3月3日、中曽根康弘衆院議員(後の首相)らが中心となり、当時の保守3党(自由党、改進党、日本自由党)が突如、54年度政府予算案の修正案を衆院予算委員会に上程、翌4日には衆院通過を強行しました。
ビキニ水爆実験で第5福竜丸が「死の灰」を浴びた直後で、被ばく実験が暴露される2週間前でした。
2億3500万円という数字にどういう根拠があったのか。中曽根氏は、著書で「(核燃料となる)ウラン235の二三五ですよ(笑い)」(『天地有情 五十年の戦後政治を語る』1996年)と述べています。
当時、日本では原子力の研究体制さえなかった時代。日本初の原子力予算がなんの根拠もなかったことを示しています。
こうした暴挙に、マスメディアや学界からは「札束で学者の頬をひっぱたくものだ」という批判が噴出しました。
なぜ中曽根氏が推進の先頭に立ったのか。そのカギは、前年に開かれたハーバード大学の「夏季国際問題セミナー」にありました。
中曽根氏(当時、改進党)は、「マッカーサー司令部のCIC(対敵国諜報部隊)に所属して、国会や各党に出入りして情報活動をしていた」(前出の著書)人物からもちかけられて、このセミナーに参加します。セミナーを統括してたのは後の大統領補佐官・キャッシンジャー氏。中曽根氏はセミナー後、米国の原子力施設を見学するなどし、原子力研究に貴重な日本の学界の状況を「政治の力で打破する」(同)と決意したといいます。

 世論調査誘導図る

米原子力戦略に従い、日本への原発誘導に積極的に動いたのは、中曽根氏だけではありません。その一人が、当時、読売新聞社主で日本テレビ社長だった正力松太郎氏(後に政府の原子力委員会初代委員長)です。
第五福竜丸事件を契機に原水爆禁止の世論と運動全国に燃え広がる中、"総理大臣への野望"を抱いていた正力氏は、政治的求心力を得るために原子力に着目。新聞とテレビをフルに使って「原子力の平和利用」をキャンペーンに打って出ます。
正力氏は55年5月、米国から、世界初の原子力潜水艦ノーチラス号を製造したジェネラル・ダイナミックス社のポプキンス会長らを「原子力平和利用使節団」つぃて招聘。同年11月から「引き続き巨費を投じて米国務省と協同で原子力平和利用大博覧会を全国で開催」し、「それを読売新聞と日本テレビの全機能をあげて報道し、世論び一変を期した」のです。(正力氏の証言、『原子力開発10年史』65年)
正力氏の腹心、柴田秀利氏(後の日本テレビ専務)は米政府の諜報員とたびたび接触。その中で柴田氏は「日本には昔から、"毒を持って毒を制する"ということわざがある。…原爆反対を潰すには、原子力の平和利用を大々的に謳い上げ」ることが必要だと提案したことを明らかにしています(『戦後マスコミ回遊記』85年)

 つづく

しんぶん赤旗2011/6/8
タグ:政治 新聞
posted by 香奈 at 20:10| Comment(0) | 新聞記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月07日

原発の源流と日米関係1

他紙、テレビなどの報道では知ることのできないこと。それがしんぶん赤旗には載っています。
一部だけを切り取った事実、政府・財界・アメリカなどの都合のいい情報ではなく、国民が知るべきもの。そういった記事が書かれてある中から、知ってほしい記事の1つを載せていこうと思います。
興味はないかもしれないけれど、1度目を通してみると良いと思います

今回は今最も興味を持たれているであろう原発のお話


 米が「広島に原発を」

1954年3月1日早朝、中部太平洋ビキニ環礁。米軍の実験用水爆「ランボー」がきのこ雲をあげ、空を真っ赤に染めました。
爆心から160`付近を航行していたマグロ漁船「第5福竜丸」に、水爆がまき散らした"死の灰"が降り注ぎます。乗組員23人全員が被ばく。無線長の久保愛吉さんは半年後の9月23日に死亡しました。
 世界から非難
米ソの核軍拡競争が幕を開けたこの時代、第5福竜丸=「ラッキードラゴン」事件は米国に重大な打撃を与えました。アイゼンハワー大統領が53年12月8日、国連総会で演説し、「原子力の平和利用」(アトムズ・フォー・ピース)を訴えたばかりでした。
この演説で、同盟国や友好国への濃縮ウラン100`の提供と国際原子力機関の創設を提唱。原子力発電で先行した英国、ソ連に対抗し、核態勢の主導権を奪還することが目的でした。
しかし第5福竜丸の乗組員やビキニ住民を被曝させたことで全世界から非難を受けたのです。
日本国内では事件を契機に反核平和運動が起こり、翌年55年に第1回原水爆禁止世界大会が開催されました。
「今やわれわれはヒトラーと比較されている」。ダレス国務長官の嘆きの言葉です。
この危機をどう脱出するのか。安全保障政策の最高決定機関である米国家安全保障会議(NSC)に設置された「運用調査委員会」(OCB)。「読売」が3月16日付の報道で第5福竜丸の被ばくを暴露してから、わずか6日後の22日の会議で、「日本に実験用原子炉を提供する」との提案がなされました。
解禁された文書に、その理由が記されています。「原子力の非戦争使用での攻勢は、ロシアによるプロパガンダへの対抗処置として時宜にかなっており有効である。加えて、日本でおこっている損害を最小限に抑えることができる」
 「平和利用」に
日本への原発売り込みはさらに特別な意味がありました。
「広島と長崎の記憶が鮮明なときに、日本のような国に原子炉を建設することは劇的であり、これらの街での大虐殺の記憶から遠ざけるキリスト教徒としての行いである」
米原子力委員会のトーマス・マリー委員のこの言葉に示されているように、米国のによる原爆投下の責任をあいまいにし、日本国民に原発を受け入れさせることで「原子力の平和利用」の象徴にしようという狙いがありました。(ニューヨーク・タイムズ54年9月22日付)
さらに露骨なのが、商業原発推進派のシドニー・イエーツ外院議員。広島に6万`h級原発を建設する法案を提出しています。(ワシントン・ポスト55年2月15日付)
広島への原爆投下は実験的な要素が強かったと言われています。今度は技術的に未完成な原発を建設し新たな核の実験場にしようというのです。

世界で唯一の被爆国でありながら、米仏に次ぐ世界第3位の原発大国になった日本の歩みは、米戦略と密接に関わっています。原発の源流を日米関係から探ります。
 つづく
タグ:政治 新聞
posted by 香奈 at 19:22| Comment(0) | 新聞記事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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